人的資本経営最前線
第4回

社員の“グッドコンディション”は
企業の最強の戦力

ヤフー
ピープル・デベロップメント統括本部
グッドコンディション推進室室長
市川 久浩

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メンタルヘルステクノロジーズ
代表取締役社長
刀禰 真之介

多くの企業が企業理念として掲げる、「社員の健康」。その定義は、身体の健康から心を含めたトータルケアへと変化しつつある。シリーズ第4回は、メンタルヘルステクノロジーズ代表取締役社長の刀禰真之介氏と、ヤフー ピープル・デベロップメント統括本部 グッドコンディション推進室室長の市川久浩氏が、「UPDATEコンディション」と名付けられた同社の健康経営推進への取り組み、それを牽引する「グッドコンディション推進室」など、社員の健康と幸せを守るための施策について語り合った。

健康というより
「コンディションを整える」発想

刀禰氏「健康経営優良法人2022(ホワイト500)」に6年連続で認定されています。社内でも「UPDATEコンディション」を推進し、「グッドコンディション推進室」を通して社員の健康に寄与する様々な施策に取り組んでおり、健康経営のエキスパートという印象を持っています。特に、どういう経緯でこの組織が生まれたのでしょう。

市川氏この経緯は、宮坂(学氏、現・東京都副知事)が社長だった時代に遡ります。2016年に、サービス開始20周年を記念して「UPDATE JAPAN 情報技術のチカラで日本をもっと便利に。」というヤフーの思いをのせたビジョンを定めました。ビジョン実現のために打ち出した様々な社内施策の一つが「UPDATE コンディション」です。「働く人の身体の健康(安全)と心の健康(安心)をUPDATEする」という「UPDATE コンディション」は、ヤフーから始まり、現在はZホールディングスグループ全体の健康宣言にもなっています。

刀禰氏グッドコンディションというネーミングが、馴染みやすくていいですよね。私も、最近はコンディションという言葉を使うようになりました。

市川氏当時の社長、宮坂の言葉を借りると「ビジネスパーソンも、アスリート同様にコンディションをしっかり整えることでいい仕事ができる」ということで、考えられたキーワードです。

刀禰 真之介 氏

復職支援プログラムをはじめ
様々なサポートで
社員の信頼感を高めているのですね

刀禰氏

刀禰氏なるほど。グッドコンディション推進室以前にも、健康推進のための組織は設置していたと思いますが、名称が変わったことにより役割や機能も変化したのでしょうか。

市川氏以前は、健康推進センターという部署でした。当時は産業医の先生や看護職の社員など医療職のスタッフが社員の健康相談に個々にアドバイスを行ったり、健康診断後の社員サポートを行ったり、社員の安全安心を守るセーフティネット的な役割に注力していました。現在のグッドコンディション推進室は、医療職のスタッフに加え、社内外の様々な部署から集まったメンバーとともに施策の企画、運用を行い、マイナスをゼロにするだけではなく、ゼロをプラスにするコンディションづくりに取り組んでいます。

刀禰氏「マイナスをゼロに、ゼロをプラス」とは具体的にはどういうことでしょう。

市川氏病気ではない状態をゼロとするならば、「マイナスからゼロに」は具合の悪い人を治療してその人が平常の健康状態に戻すことを指します。また「ゼロはゼロ」の状態に維持することもとても重要で、以前の健康推進センターが主に担っていたのはこれらの機能です。「ゼロをプラスに」するというのは、そこからより良い状態に心身を持っていき、グッドコンディションを維持して仕事に向き合ってもらうということです。プラスに関しては、まだまだ不十分ですが、効果的な食事や運動、睡眠のとり方などの情報を地道に社内発信しています。

刀禰氏健康推進の部署は、医療職のスタッフだけで運営されることが多いため専門的な言葉で伝えがちです。グッドコンディション推進室は様々な部署から人材が集まったチームなので、より社員目線で心身の健康の大切さを伝えられるそうですね。

市川氏ありがとうございます。グッドコンディション推進室になっての大きな変化のひとつは、より現場の社員目線で企画が立てられることだと考えています。医療職の方たちは、“正しいことを正しく伝える”ことが重要な仕事です。それを一般のビジネスの現場に落とし込んで、そこで働く人の心を動かしたり、行動を変えたりするためには、実際の業務や働いている環境などの情報に加え、一般人としての感覚があったほうがより伝わりやすいコミュニケーションが考えられると思います。医療職としての専門知識、ビジネス感覚、一社員としての感覚。このバランスがうまく取れたことで、私たちが企画するものがさらに社員に届きやすくなることを願っています。

市川 氏

最終的には、社員自身が自律的に
自らのグッドコンディションを
作って行くことが理想です

市川氏

休職後も再び戦力として
活躍できるよう丁寧に支援

刀禰氏「UPDATEコンディション」の中で、復職支援プログラムの充実を図っているとお伺いしています。人的資本経営の観点から見ても、休職を経験しても、職場に復帰して再び活躍できるシステムは、社員にとって会社に対する信頼感を高める大きな要素だと思います。いつ頃から復職支援に力を入れ始めたのでしょうか。

市川氏復職支援に関しては、「UPDATEコンディション」以前から取り組んでいましたが、産業医の先生やスタッフによって対応にばらつきがありました。2014年にそれをきちんとマニュアル化し、判断基準を統一化しました。一番大切にしているのは、復職した後も活躍し続けること。出社を継続し、再休職しないよう復職支援プログラムをブラッシュアップしたのが2014年です。
 復職支援プログラムの流れを簡単に説明しますと、まず上司と相談して休職を決めたら、休職期間中は産業医の先生との月1回の面談を行います。この面談は、現在はほぼオンラインで行なっています。その後、主治医の診断書や診療情報等に基づき人事、上司、産業保健スタッフの関係者での復職プラン検討会を行い、受け入れ側の体制を整えて仮復職。最大4週間の仮復職期間を設け、問題がなければ正式に復職となります。復職へ向けてのステップをきめ細かく設定することで、休職者が最終的にフルタイムで働ける状態まで支援することが目的です。この取り組みは、厚生労働省のサイト「こころの耳」にも、職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例として掲載していただいています。

刀禰氏とてもきめ細かいプログラムですね。復職支援をしている企業でも、実際に社員が職場復帰した後に再休職してしまうことも多いと聞きます。このようなルールができてから復職率は上がりましたか。

市川氏新しい制度ができた2014年10月から2017年6月までの期間で見ると、復職した後の継続率はプラス10%という結果になっています。導入前はおよそ70%でしたので、80%は復職後も継続出社しています。休職者を減らすことを目標とするのではなく、休職をしたとしても復職して良いコンディションで働いていけるという環境づくりをしていくことが最も重要なことだと考えています。

刀禰氏プラス10%とは大きな収穫ですね。健康経営推進体制をブラッシュアップしていくうえで、現在はどのような対策に取り組んでいますか。

市川氏健康診断結果等でわかるフィジカルの課題、ストレスチェックや健康相談の傾向等からわかるメンタルの課題については、常にウォッチし、適切に対応することを心がけています。その中でも、ストレスチェックで高ストレスだった社員や、健康診断で高血圧、高血糖など疾病になるリスクが高いと診断された社員に対してきちんとフォローできているかは重視しています。休職者の出社継続率も注視しています。また、これらの課題は、目標を設定しそこに近づけるようにマネジメントしています。健康経営推進体制や施策については、数値の推移や、産業医の先生、看護職の意見も聞きながら、ブラッシュアップしていきます。

社員のグッドコンディションを
様々な面でサポート

刀禰氏リモートワークを快適に推進する「どこでもオフィス」という制度も作っていますね。

市川氏当社の「どこでもオフィス」は、家でもオフィスでもそれ以外の場所でも、自分がパフォーマンスを発揮できる最適な場所を選択し働くことを支援する制度で、2014年に開始しました。目的が在宅勤務なのではなく、各々が力を発揮できる場所で働くべきという考え方が根底にあります。当時は月の利用回数に上限がありましたが、2020年10月からは上限を撤廃し無制限に移行しており、現在は約90%の社員がリモートワークをしています。

刀禰氏リモートワークが普及してから、人間関係の軋轢がなくなる反面、孤独感を感じてメンタルを崩す人も多いと聞きます。ヤフー様でも、社員様の健康面でそういった変化はありましたか。

市川氏リモートワークには、プラスとマイナスの両面はもちろんあります。コンディションに影響する点で言えば、コミュニケーション不足や運動不足の影響は大きいですね。一方、通勤時間が削減されたことにより、睡眠時間が増えたり、家族との時間が増えたりと、時間の使い方の柔軟性が高まったことや、採用面でプラスに働いたりもしています。2022年4月に、居住地を全国に拡大し、飛行機での出社も認めるなど「どこでもオフィス」をさらに拡充したところ、一都三県以外の人材を中心に応募が増加し、経験者採用の応募者数がコロナ前の1.6倍になりました。

刀禰氏それは素晴らしいことですね。ただコミュニケーション不足や運動不足などは、深刻な問題です。不調になる社員の、グッドコンディション推進室への相談数は増えていますか。

市川氏一気に増えたということはないですが、早期発見のためには不調を感じたらすぐに相談してほしいという思いがあり、相談数が増えること自体をネガティブには考えてはいません。そのため、不調を少しでも感じた人が我々にアクセスしやすいよう、社内ポータルにバナーを貼ったり、長期休暇の前に発信したりというように、健康相談窓口の存在をアピールをしています。また、グッドコンディション推進室のページには産業保健スタッフの写真を載せていますが、いわゆる証明写真のような硬い雰囲気ではなく、笑顔で自然体の写真を掲載して親近感を持ってもらうように工夫をしています。そのために写真を撮り直しましたが、カメラが得意な社員が社内ボランティアとして協力してくれるので助かっています。

刀禰氏写真の表情次第で全然雰囲気が違いますし、内容も充実していますね。産業医や看護職などに、相談しやすいイメージを作ることは重要ですね。

市川氏仕事をするときのチームの雰囲気をどうするか、普段の社員への働きかけに関しては現場でのマネジメントが中心になりますが、コミュニケーションを活性化するための支援を会社としては行なっていて、例えば懇親会を開くなどの際には、費用補助を行なっています。

刀禰氏懇親会はリアルとオンラインどちらでしょうか。

市川氏費用補助は、どちらの場合でも利用できます。懇親会費は、以前は半年に一人あたり5000円の補助をしていましたが、現在は一人あたり1カ月5000円に増やしました。新型コロナの感染が拡がり、リアルの懇親会は難しくなりましたが、社内レストランでオンライン懇親会用の料理を作り、宅配で自宅等に届ける「オンライン懇親会セット」を2020年12月から提供し始めました。この社内レストランですが、コロナ禍前の2019年には、健康リスクを軽減するための施策として、「揚げ物税」と「お魚還元」という施策を行いました。ランチに揚げ物をオーダーするとプラス100円、魚料理はマイナス150円というもので、これによって揚げ物のオーダー率は55%減り、魚料理は31%増えたという結果も出ています。

刀禰氏ユニークなアイディアですね。社員の方も楽しんで取り組めそうです。定期的な健康チェックにはどのような項目があるのでしょう。

市川氏一般的な健康診断とストレスチェックは年に一回。そのほか、3カ月に一回は独自の「コンディションチェック」を実施しています。簡単なアンケート形式で毎日の歩数や睡眠の質など、生活習慣をチェックするのです。新型コロナウィルス後は歩数が激減している社員が多いことが分かったため、1日の歩数によってインセンティブが支給されるグッドコンディションボーナスというものも作りました。

刀禰氏当社の社員などを見ても、確かに歩数は激減しています。意識的に歩く習慣を取り入れるかどうかで健康に大きな差が出ると思います。

市川氏その通りです。そこで、1日4000歩以上を15日達成して月に1回体重を計測した社員には、最大4000円をインセンティブとして支給することにしました。減量したかという結果は問わず、行動に対するインセンティブと位置付けています。今は社員の約半分がこのインセンティブを獲得しています。

刀禰氏生活習慣病やメンタルケアにも、歩くことは有効と言われています。未来のリスクを考えると、こうやって少しずつ意識してもらうことは大切ですね。

市川氏データ収集は健保が提供しているアプリと連携しているため、自分自身で歩数等を登録する必要もなく手間がかからないことも、社員にとってはトライしやすくなっているポイントだと思います。

刀禰氏データドリブン経営を標榜するヤフー様らしい取り組みですね。これからのグッドコンディション推進室の課題をお聞かせください。

市川氏グッドコンディション推進室が目指しているコンセプトのひとつに社員の「セルフコンディショニング力の向上」があります。これまでは、オフィスに出社すると社内レストランで栄養バランスのいい食事が摂れるなど、コンディションを整えることに役立ついろいろなサービスをオフィスで提供していました。対して、リモートワークではオフィスでサービスを受ける機会が減るわけですから、自律的にコンディションを整える努力をする必要があります。どんな場所で働いてもいいから成果を出すということは、自分自身でコンディションを整えるためのスキルを高めていかなければならないわけです。そこに行き着くために、私たちは運動、睡眠、食事など、大きなカテゴリー別にサポートをしていこうと考えています。

刀禰氏意識の高い人は何も言わなくてもできる。でも、言われないと動けない人には、気づきが必要ということですね。

市川氏例えば、オンライン懇親会セットをただ届けるだけではなく、そこに食事の取り方に関するリーフレットを入れて社員に直接届けるといったデジタルだけではなく人の手によるアナログなアクションも行っています。社内イントラに公開した情報は、わざわざイントラを見に行かないと分かりませんが、直接送られてきたら目にしないわけにはいかないですから。

刀禰氏なるほど。アナログ的な施策も必要なのですね。

市川氏UPDATEコンディションで掲げたように、働く人や家族の心身の健康こそが最も重要な基盤で第一の条件であり、それがあってこそのお客様の課題解決、業績追求という考えがベースにあります。それを追求するためには、人数だけでなくスキルや知識としての能力を掛け合わせた「戦力」を整えることが会社として重要だと考えています。その能力はバッドコンディションでは十分発揮することはできず、しっかりと能力を発揮するためにも、土台としてのグッドコンディションが大切であるという意識が浸透するよう、様々な形で伝え続けていきたいと思います。

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