ハイキャリア医師のための産業医サポートサービス
顧問産業医インタビュー

interview

経歴

2005年 東京医科大学医学部 卒業
2012年 東京医科大学 大学院 修了
東京医科大学眼科学教室  兼任助教
2013年 東京大学先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 特任研究員
2014年 神戸理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト 客員研究員
株式会社ファーストリティリング 産業医
2015年 神戸先端医療センター病院 非常勤医
三井ホーム株式会社 統括産業医
2016年 ヤフー株式会社 産業医
2017年 産業医科大学 訪問研究員
株式会社ベンチャーバンクグループ 労働衛生・メンタル法務顧問
アップルジャパン合同会社 統括産業医

医師、医学博士、眼科専門医、日本医師会認定産業医、専攻医
労働衛生コンサルタント、メンタル法務主任者

「産業医は、病気を診る仕事ではないんです」

──まずは産業医というお仕事に興味を持たれた経緯とその背景について、おうかがいできればと思います。

もともとは眼科医として臨床だけをやっていたんですが、その頃に、臨床の限界をすごく感じたんです。いわゆる臨床医、病院の中にいるドクターは病気をみて治すのがゴールなので、極論ですが、人を診るということではなく、病気にフォーカスが合っているとも言えるんですよね。

ところが僕の場合は、どちらかというと、病気というより、その人の人生がまず気にかかる。社会で生きる人を診る、社会を治すというところに関心がありました。人だとか組織論だとか、そういう方面にもともと関心が高かったので。
僕は理系とか文系かというと文系の医者なんですよね。

そんなとき、産業医という職業に出会いました。

企業で働いていて鬱になってしまったりだとか、そういう人を診るということは、病気を診るのではなくて、その人の背景や、社会の構造を診るということだと思うんです。

そういう、非常に大きな視点で、言うなれば社会を治す、人間の生き方を調整してあげるというところにおもしろみを感じました。

なってみて初めてわかった「産業医」の役割

──産業医になられる前と、実際なってみてからで、何かお気づきになったことはありますか。

そうですね。産業医をやり始める前は、産業医というのは法律をよく知っていたり、有機溶剤の副作用を知っていたり、そういうすごく公衆衛生学的知識が求められる領域であって、法律だとか、ルールだとかの分類が重要なのかなと思っていました。

でも実際に産業医をやり始めてみると、コミュニケーションのエラーによる問題への対応がほとんどなんです。

病気に対応するという考え方で見れば、当然前述の知識は必要だと思うんですけど、それより彼にとって長所はどこなのかとか、組織の性格は何なのか、この企業に求められる人材はそもそもどういう人なのか、という組織論にフォーカスがうつっていくわけです。

医師としての知識はもちろん持っているのだけれど、あくまで、それは極めて各論的というか、一人一人の社員とまっすぐ向き合わないと答えが見つからない職業だっていうのが、なるまでとなった後で、大きく認識の変わった部分ですね。

ある意味、臨床医以上に経験が重要なのが産業医だと感じています。

10年後やっていることは「絶対に違う」

──そうすると、症例では括れないような新しいことが毎回出てくるという状態でしょうか。

そうですね。
また産業医が診る人は、働くことで心が疲れてしまった19歳とか20歳とかのすごく若い方や、高血圧や糖尿病が気になる高齢の方まで、ものすごく幅広いんですね。

特に、若い人達をケアするうえで大切なのは、医学ではないんです。今の若者の文化やあり方を理解して、そこを解きほぐしていくことが必要です。

今の若者はそもそも何を考えているのか――たとえば、LGBTをはじめとした性の多様性や、教育の影響によるメンタルのうたれ弱さがそれぞれの問題の背景にあります。
さらに、ITの発達で検索すれば手軽に知識が手に入るようになって、頭でっかちになってしまってもいます。
そんな若者たち一人ひとりを、組織としてどう活かせる状態にするのかを考えなくてはなりません。

極論になりますが、労働時間が長いから心を病むのではなく、彼らのカルチャーと組織のカルチャーが合わなくてその状態に陥っているとも言えるのです。

僕が産業医を続けたいと思う最大の理由は、今やっていることと10年後やっていることは「絶対に違う」というところにあります。
今の20代と10年後の20代とでは、違う人類です。そうでしょう?
それに対応するためには、たゆまず勉強し続ける必要があります。

いろいろな種類の問題と直面しながら、若者達が何を考えているのかっていうことを僕自身も学べるし、若者たちは僕と話すことで、自分に一番あった働き方を見つけられる。
そのあたりが、産業医のすごく面白いところだとおもいます。

──一人一人の方とそうやって向き合っていくのは難しいことだと思いますが、一方でまたさらに、企業の側の方ともお話をなさりますよね。どういった形で企業の側の方へ、その多様な問題を伝えて、解決へ導いていかれるのでしょうか。

まず、臨床医と大きく違うところになると思うのですが、僕らが産業医として人を見るとき、「患者さん」という概念はありません。
「困っている社員」と「彼らを活かしたいと思う組織」という二つの概念で考えるんですね。

組織の側にとって絶対的に必要なのは知識の啓蒙で、今の若い人がどのような価値観で人生を築いているのかということを教育しないといけない。

若い人への話し方をお教えすることもあります。これが意外に重要な講義なんですよ。
新入社員へどういう風に指示をだして、どうやって指導して、彼らのモチベーションを下げずに、スキル習得をさせていけるか。そういうコミュニケーション論みたいなものを、主に管理職だとか、指導する側の人たちに、座学やワークショップを通じて学んでいただきます。
そして実際起こってしまった各社員の問題を、個別のプライバシーに入り込んで、いったい何が問題になっているのかを、解体していくんです。

総論的に組織に教育して、同時に、各論的に個々のメンタルの耐性を強めていくということを、同時にやらなければならない。難しくて、そして非常に面白い。まさに醍醐味ですね。

──そういう新しいことの連続の中で、これから産業医として、どういったことを成し遂げたいとお考えでしょうか。

僕はもともと眼科医ですから、そこをいかして、目が見えなくなってしまった社員さんの働きのケアや障碍のある人にモチベーション高く働いてもらう方法の支援など、おそらくはこれまで組織の中であまり焦点があてられてこなかったところに、あえてフォーカスしています。

働くことに不便さを感じている人をケアすれば組織全体の強さが増しますし、そういう彼らが「来年も再来年もここで働きたい」と思って元気に働ける組織は、絶対いい組織なんです。

あとそれから、もう一つ。若い産業医を積極的に支えていきたい。

専門が皮膚科であっても眼科であっても耳鼻科であっても、その知識や経験をうまく活用して、それぞれの個性をいかした産業医のやり方や、迷ったときの悩み相談だとか。ぜひやっていきたいという思いがあります。

産業医にとっていい時代

──産業医というイメージ、というより、医師というイメージを超えた先生のご活躍に驚かされます。従来の産業医の役割と、望ましい未来像について、先生の考えをよろしければ教えてください。

産業医が生まれた歴史を紐解けば、工場で有機溶剤がもれたり、爆発が起こったり、そういう事故があった際に、工場に常駐している内科や外科の先生が救急対応するような、つまり、病気やケガを治す医者が常駐するというところから始まったんですね。

ところが、日本社会の構造はこの40年50年で激変しました。第一次産業から第二次産業、第三次産業と、業種のバランスが明らかに変わったわけです。

これで働く人の健康管理をする産業医の業務が変わらないとしたら、極めておかしな話だと言わざるを得ません。
現代は主にITだとか、オフィスで働く人がほとんどです。
そういった現場では、古典的な先生方より、世代的に若者文化に近い僕らの方が、産業医として大きなアドバンテージがあります。

繰り返しになりますが、この社会の変化につれて、当然産業医は変わらなくてはいけません。
これからの産業医に求められるのは、考え方・生き方の多様性を理解し、個性豊かな若者たちの思いを翻訳できる能力だと思います。

単に「病気になった人は来てください」っていう産業医ではなくて、どんどん企業の中に入っていくことが必要になってきています。人事の担当者とディスカッションをして、新入社員教育だとか管理職教育だとか、そういうところにどんどん産業医が入っていって、組織自体を多様性あるものにしていく。

僕らは本当にいい時代に生まれてきました。社会が大きく変化していて、そういう多様性に耐えられる産業医に対する社会のニーズが圧倒的に上がってきているんですね。ところがまだ産業医の方はというと、まだ応えられていない。そういう状況です。

僕はまだ30代半ばですけど、あえてその世代だからこそ、次の世代の産業医たちを教育する義務があると思うんです。

次の世代の彼らが、将来外科になる、内科になる産業医になる、というようなメジャーさで、「私は文系だから産業医かな」「俺は病気を見るより人の生き方を変えたいから産業医かな」っていうふうに、どんなドクターであっても自分の個性をいかしながらやっていける職業にしていきたいですね。

産業医のQOLは?

──産業医として、大変幅広いご対応をしていらっしゃいますが、実際に臨床から産業医へ移ってこられて、ご生活にはどういった変化がありましたか。

僕はここが、今のドクターのキャリアプランの中で、圧倒的に抜け落ちている部分だと思っています。
医者のキャリアプランとういうか、そのキャリアを支援する企業はすでにあるんですけど、その内容は主に勤務の形態や処遇、年収がいくらかだけなんですよ。

でもまず、その人がやりたい仕事ができているのかが前提ですし、どのような環境で勤務できるかの聴取が本来は重要です。

例えば僕の場合だと、オンラインで家にいながら仕事をしたりしている、そういう個々の状況には、今までの医者勤務の概念だと対応できていないんです。
海外にいるんだけど日本の産業医をやっている先生が今後でできたりだとか、そういうことがITが進んでいる時代には当然可能になってくるわけです。

僕で言うと、臨床医として大学病院に毎日通っていたころと、いま自由にオンラインを活用しながら産業医をやっている現在では、多分後者のほうが労働の「時間」は長くなっているかもしれません。
でも、僕がもっとも大切にしている「自分も学びながら学びを与えることができる」というポイントを、産業医という仕事が満たしてくれているので、極めてQOLが高いんです。

医者のQOLは労働時間によって語れるものではないと思います。人それぞれに合った働き方が重要です。

研究をしながらとか、子育てをしながらだとか、親の介護をしながらだとか、家にいながら働きたいとか。産業医であれば、社会と向き合うという職業である以上、働くために病院にいる必要がまったくありません。
ですから今後、様々な働き方で、自分なりのQOLを上げていくドクターがどんどんでてきて、それがモデルケースになっていくはずです。
医者になってから、医者が自分の生き方を選べる時代が、そう遠くなくくると思いますね。

セカンドキャリアとしての産業医のメリット

──子育てしながらですとか、研究をしながらですとかとか、産業医と両立してやるというのは無理がないものなのでしょうか。

まったく無理はないですね。

臨床医ですと、最低何時間はやらないとっていうのがあったりするじゃないですか。
僕の眼科医としての経験で言うと……眼科医というのは結局外科医なんですね。
そうすると手術をするのかしないのかっていうところで大きく分かれます。
手術をしないのであれば、外来をするドクターっていうことですから、他の先生との調整がつかないと時間をセーブするのは難しいですし、患者さんあっての医療ですから、自分の都合で帰りますというようにはなかなかいかないんですね。

対して、産業医なら、そもそも対企業で月何時間っていう契約で始まっているわけです。そうすると、月1時間だけ労働がしたい先生も、毎月きちんと企業に行けば、この先生毎月ちゃんと来てくれる素晴らしい先生だなって思われるんですよね。

やっていて余裕が出てきたら、組織に教育もしたいから2時間教育にあてたいと思えば、これまでの1時間にプラスして3時間にすればいい。
いろいろな企業を見たいと思うなら、僕のように業種増やしていって自分のスキルを上げていくのもいい。
また逆に、チームで産業医をやれば、産休だとか病気だとか、1年間留学がしたいっていうときは、ちょっとここの期間は代わりにやっておいてくださいだとかも可能です。

こういうことは臨床では絶対できない話ですし、そもそも単位が週に何日くるんだとかですね、週に何時間働くんだというところから始まっていますから、臨床医と産業医とは、正直同じ医師とは思えないほど違う職業なんです。

どんな背景をもっている先生でも、負担なく、個々にとって一番ベストなやりかたで産業保健と関わっていける。チームでやっていれば知識の共有もできますしね。
複雑な課題が出てきたときにも、お互い助け合うことで、1人でやっているけど10人の知識が後ろにあるみたいな感じで、すごく安心して産業医をやっていけます。
短時間だけの勤務もできますし、特に女性だとかお子さんをもっている方とか妊娠されている方だとかだと、とても相性がいい職業じゃないかなと思いますね。

産業医なら、社会を変えられる

──三宅先生のお話を聞いて、「産業医をやってみたい!」と思う方々へ望まれることはありますか。

「産業医を始めて本当に幸せです」と言ってほしいですね。
僕自身も本当に大学病院に行ったときはすごく疲れていて、自分のキャリアプランが描けなくて……そのとき、僕の今の指導医になっている産業医の先生が本当に楽しそうで。
産業医はこんなに楽しくて、こんなに社会的意義があって、組織を治せるんだよ、社会を変えられるんだよって。生き生きと自分の夢を語ってる先生を見たときに初めて、あの人みたいな医師になりたい、あの人みたいに生きたいと強く感じたんです。

産業医になって数年が経ちましたが、今まさに同じことを感じています。
今後、「三宅先生超楽しそうですね、僕は皮膚科なんですけど同じような生き方はできますか」っていうような人が出てきて、その彼らが何年後かに「やっぱりこの道を選んでよかった、幸せです」って、そういう人が増えていってくれるというのが、僕にとって一つのゴールだと思います。

幸せな医師が日本の企業を幸せにする

──医師が幸せであるかどうかは、対応を受けられる方、企業で働いていらっしゃる方にとってはどう影響するのでしょうか。

病院の仕事の合間に来る忙しそうな先生が、つらそうな顔で診てくれたって、企業が元気になるわけがないんですよ。

僕ら産業医は病気ではなく元気を見る医者です。
あの先生が来ると何となく会社が明るくなるよねっていう人でなければ向いていないんです。

たとえばこの企業には肺炎が多いとわかったとして、その事実自体はリスクを管理する上で必要なんですけど、それだけではなくて、みんなでタバコを吸うのをやめるにはどうやって楽しく禁煙しようかとか、楽しさがなければ産業保健って成り立たないんです。

その医師のバックグラウンドと業務がマッチングしなければ、企業の若い社員が鬱になってしまうのとまったく同じことがドクターの中でも起こってしまいます。このまま臨床医をやっていけるのかとか、さまざまな不安を抱えつつ、でも医者以外はやれないし……と思っている医者は実際多いんです。

そういう人たちが、産業医を始めることで、つらそうな顔から幸せな笑顔に変わっていけると僕は信じています。

白衣を着て病院で医療をするだけが医者だっていう古典的な概念をぬけなきゃいけないし、今社会で問題になっているのは薬を飲んでいる人ではなくて、なぜ20代前半の若者たちが、会社で働いているだけで抗うつ薬を飲むところまでいってしまうのかっていうところなんですよね。

そうならないためには、病院に来ていない人たちを診られる医者が絶対的に必要です。

社会でいま絶対的に必要とされている、この役割を担う人たちが「とにかく幸せです」と感じながら産業医をやってくれれば、日本の企業もみんなハッピーになっていくはずです。

まずはご登録を

三宅先生とご面談いただき、ご希望を踏まえてご紹介をいたします。

ご登録フォーム
PAGETOP